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2006年6月 3日 (土)

追悼、今村昌平

  今村昌平監督が亡くなった。79歳。その歳までよく生き、晩年まで創作意欲が衰えなかったのはやはり凄いことだと思う。晩年の作品よりアカショウビンにとっては若い頃のド迫力がイマムラという監督の真骨頂だと思うが、果たして今村昌平という映像作家は成熟したのか?したとすれば、どのようにか、という問いは面白そうでもある。

 黒澤 明にしても、大島 渚にしても若い頃の作品のエネルギーは戦後という時代の中を生きた証といえるものだ。今村は大島の知性と対極をなす庶民の生と性の生々しさを白黒のスクリーンにはおさまりきれない迫力で表現した。アカショウビンが今村昌平という監督を知ったのは学生の頃だから、それは昭和40年代の後半から50年代の前半にかけてだった。今では懐かしい池袋の文芸座で観たオールナイトの今村昌平特集は強烈だった。戦後日本の庶民の生と性を実に生々しく映像にした才覚は黒澤とも大島とも、ましてや小津とも異なる個性としてアカショウビンは痛烈に認識した。

 今村の作品群は大島 渚とは明らかに異なる、あえていえばそれを笑い飛ばす、対極をなすエネルギーで満ち溢れている。そのエネルギーは中年から老いる過程で漸減していったようには見えたが、それは映画作家も肉体的・身体的にはヒトという存在の変化を作品に表すものとして自然なものとアカショウビンには思えた。

 「今村のパワー」という言い方が初期の作品には陳腐だがやはり一番ぴったりする。今村昌平は映画作家として実に精力的に時代と交わり、視抜き、それを生々しく映像化した。

 30日に亡くなった報を知りアカショウビンは追悼のために「にっぽん昆虫記」を観直した。日活の昭和三十八年芸術祭参加作品である。かつてオールナイトで観た今村昌平特集でもっとも印象深く圧倒されたのがこの作品だった。  

 作品の存在感は左幸子という女優の存在感でもある。この登場人物を造型する今村という監督の個性は白黒のスクリーンにおさまりきれないエネルギーを発散させている。ギラギラ、テラテラ、噴出するイマムラのパワーは二十歳を出たばかりのアカショウビンには刺激的で圧倒的だった。そしてまたそれは魅力的で実に「時代」を切り取り、それと切り結んでいるとも思えた。映画という「武器」を駆使し小説では描けぬ人間の姿を見事に表現し「闘っている奴」だとも。アカショウビンはスクリーンの照り輝きに挑発された。今、観直して、あのオールナイトで観た時の作品のエネルギーを改めて追体験する。

 左幸子を通して描く女という異性の本性とも言える抉り方は実に人間への視線の深さを示す映像というしかない。イマムラの凄さと面白さは、この頃の作品群にもっともよく現れていると思う。そこには猥雑とも野卑とも言える表現で生と性のエネルギーが噎せるような力をもって充満している。ユーモアも今村ならではのもので、晩年の「うなぎ」にはそういった側面が良く現れておりカンヌなどヨーロッパの目利き達に評価されたのだろう。

 それはやはり小津や黒澤とは異なった個性として戦後の日本映画史に突出する作家だと再認した。

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