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2006年5月 4日 (木)

エコノミー

 デリダが愛用する「エコノミー」という術語は訳者の廣瀬浩司氏の訳注では次のようになっている。

 語源的にはギリシャ語の、oikos(家)の nomos(法)。(中略)たとえば『時間を与える』(「Donner le temps」)でデリダは、oikosとは「家、所有地、家族、住まい、内部の火(炉)などを意味し、 nomosは 「配分法則」「分かち与えpartageの法則」「分かち与えとしての法」であることを強調し、それが交換や循環や回帰を含意していること、贈与は非エコノミー的であることなどを指摘している。

 またレヴィナスの「全体性と無限」の訳者である熊野純彦氏は次のように訳注している。(同書上巻p393)

 ときに「家政」とも訳されるが(中略)アリストテレスにあっては、「自然にかなった取財術」は「家政学」にぞくし、「交易」によるそれは家政学にはぞくさない。(『政治学』第1巻9章)。レヴィナスの場合、「エコノミー」は第一義的には「享受」「労働」「家」等、本書第二部の主題系を指標する概念。さらに一般に「組成」あるいは「統合的組織」といった意味でも使用され、後者はœcuménismeという語でもあらわされる。

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