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2006年5月21日 (日)

縁は異なもの

 先週は総会シーズンで懇親会の飲み会続き。齢50を過ぎてガクリと体力の衰え始めたアカショウビンにはこたえる。飲み会は嫌いじゃないが程度というものはある。今週も明日は福島へ。仕事は溜まる一方で体力は消耗するばかり。因果な商売ではある。この数年、会社には辞めさせてほしいと言い続けている。しかし、あくまで搾り取るのが会社という組織なのだろう。いつか決着はつけてやる!それは、そんなに遠い日じゃないぞ(笑)! 

 せっかくの休日も社に出て仕事をしなければならないが、最近は歳のせいでそうもいかない。昨日は友人が試写会に誘ってくれて「ポセイドン」という作品を有楽町で観た。何でも34年前の「ポセイドン・アドベンチャー」のリメイクとか。旧作はアカショウビンも観た。記憶には幽かに一部だけは残っているが殆どは忘れた。まぁ、只で観させて頂くのだから愚痴もいえないが、惜しい時間を消費してしまった、というのが正直なところ。友人にはお礼に食事代と飲み代は払わせて頂いた。しかし、最近の(ここが大事である。昔は違ったところもあったのだ)ハリウッド映画には十分食傷している。とはいえ持つべきものは友である。N君は食事の時に「アダン」という映画の只券もくれたのである。

 「アダン」とはアカショウビンのハンドルネームの理由にもなっている田中一村という画家の一生を描いた作品である。一村は栃木に生まれ千葉で貧窮のなか姉や家族の援助を得て画業を続け、最後は奄美大島で亡くなった日本画家である。何故、奄美なのかは知らない。しかし売り絵でない作品を追求し描き続けた一村という画家の真骨頂は確かに奄美で築きあげられ、或る意味で完成された、とアカショウビンは確信する。

 一村にとっての奄美は彼のゴーギャンが移り住んだ南洋のタヒチと思うのだ。西洋文明に辟易したゴーギャンが辿り着いた南洋は、それに比べれば相当に文明に汚染されていた筈だが、一村にとっての奄美ではないかと思うのは、それほど的外れな推測ではなかろうと思う。

 いくつか読んだ一村を主題にした書物でも、その経緯は不明だ。しかし、アカショウビンが小学生から中学まで育った、今は奄美市と名を変えた名瀬という町の近郊の有屋という一村が棲んだ場所はアカショウビンにとって人生でもっとも充実していたといってよいほど蝶採集に夢中になって歩き回った時と場所なのである。その、かつて共有した時間と空間に思いを致すとアカショウビンは己の過去が一村のそれと、知らず交錯した不可思議と、縁と言えば言えなくもない関係に、何事か人という生き物の不可思議さを看取するのである。

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