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2006年5月 6日 (土)

映画寸評

 先日は新宿で「寝ずの番」(2006年 マキノ雅彦監督)、その前にはDVDで「フライド・グリーン・トマト」(1991年 ジョン・アブネット監督)、「茶の味」(2003年 石井克人監督)、「LOVERS」(2004年 張 芸謀監督)を観た。いずれも面白かったが、「フライド・グリーン・トマト」がベストというところか。主演のジェシカ・タンディが絶品。老いの智慧と頓知、キャシー・ベイツの好演もそれに応えて絶妙。「茶の味」は、才能というのは、おそらくこういう過程を経て成熟していくものだと面白く観た。「LOVERS」はチャン・ツイィーの追っかけであるアカショウビンとしては必見。遅まきながら拝観したが「HERO」(2002年 張 芸謀監督)よりは面白く観た。男というのは一人の女を得るためにそこまでやらなくてはならないか、と暗澹たる気持ちになったが(笑)。

  「フライド・グリーン・トマト」は「ミシシッピー・バーニング」の時代背景を良くかもし出し、それほど熱くならないところが「寸止め」的効果でよろしかった。

 それにしても痛感するのは、「物語」を上手く語る才覚というのものはあるものだ、ということだ。映像の面白さは「茶の味」にも「LOVERS」にもあるが、それは観るものを瞬間に動かしても主題とはならない。あくまで面白さは映像にある。しかし人間という生き物の面白さと不可思議さは「物語」を上手く構成することで絶妙に浮き彫りにされる。そこは言語で説明可能な領域である。「茶の味」や「LOVERS」は物語を練った作品ではない。少なくとも「フライド・グリーン・トマト」よりは。どちらかといえば特殊効果や瞬間芸に依存した構成だ。観るものの生には瞬間にしか響かない、とでも言えるだろうか。しかし物語はそれぞれに語り伝えられ、それぞれのバリエーションがあっても「筋」は残る。これは如何なる現象か?わかりにくい説明ですまない。後に、もう少し分かり易く書けるかもしれない。昼間のアルコールも影響している(笑)

 

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