« プラド美術館展 | トップページ | 国家とは(続き) »

2006年4月 2日 (日)

声と音楽

 午前中、大嫌いとはいえカラヤンの格安のDVDで1984年の「ばらの騎士」を楽しんだアカショウビンは深夜にウィーン国立歌劇場再開50周年記念のガラ・コンサートを楽しんでいる。我が小澤征爾氏もベートーヴェンのフィデリオを振り喝采を浴びた。ズビン・メータの指揮でトマス・ハンプソン、エディタ・グルベローヴァといった錚々たる歌手が歌う「ドン・ジョヴァンニ」も楽しめた。この至福に感謝しよう。音楽と絵画に触発されながら今を生きるのもアカショウビンの「現在」なのである。

 彼の国のオペラ歌手達の美声に浸りながらアカショウビンは、声とは何か?現存在にとって音楽とは何か?といった問いにも誘われる。しかし、そんな事は、どうでもよいではないか、とも思うのだ。音楽に浸ることが「至福」ということではないか?アルコールの酔いに浸りながら、音楽にも酔う、これこそが至福だ、と。病を患ったという知らせを聞いた小澤氏は昨年11月のこのコンサートのあと入院したと思われる。早く氏の元気な姿を見たいと切に願う。

 その映像を観ながら、西洋音楽の現在の姿を通して、昼間に視たスペイン絵画傑作群に見る西洋文化の粋を納得するのも錯覚ではあるまい。成熟し生涯の爛熟にある歌い手たちの声とウィーン・フィルの演奏者たちの表情と演奏も楽しみながらアカショウビンは「西洋とは何か」という問いを改めて発する衝動に駆られるのであるが、それはまた後日の話だ。

|

« プラド美術館展 | トップページ | 国家とは(続き) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/111335/9401473

この記事へのトラックバック一覧です: 声と音楽:

« プラド美術館展 | トップページ | 国家とは(続き) »