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2006年3月12日 (日)

罌粟と記憶

 パウル・ツェランの詩集「罌粟と記憶」(1952年)の「骨壷たちからの砂」の詩を読んでいるとレヴィナスやデリダと同様にツェランにも旧訳聖書の物語が詩想の背景に広く深く広がっているのを感じる。「荒野の歌」と名付けられた最初の一連は次の通りである(パウル・ツェラン全詩集 第1巻 青土社 1992年 中村朝子訳)

 花輪がひとつアクラの地で 黒ずんだ木の葉で編まれた―

 そこで ぼくは黒馬の首を廻らし そして死をめがけて剣を突き出した。

 そして又ぼくは 木でできた皿からアクラの泉の灰を飲み 

 そして兜庇をおろして 天の残骸に向かって進んだ。

 中村さんの訳では、この最初の一連のアクラについてギリシャ語のAkura(最も外れ、先端、前山あるいは頂上)と結びつける解釈もあると注釈されている。そして、このアクラは十字軍の際の拠点の一つであり、第三次十字軍において激しく争われ、1191年、リチャード獅子心王とフランスのフィリップ尊厳王のもとでキリスト教の手に落ちた地中海沿岸の町アッコンを想起させるとPaul Celanという人が1974年に指摘していると説明している。このアッコンという町の北方で1198年に設立されたOrden des Spitals S. Mariens vom Deutschen Hauseとはドイツ騎士団の前身であり、これは後に東ヨーロッパの異教徒の改宗に尽くし、その結果14世紀にはツェランの故郷のブコヴィーナも征服され、ドイツ人の入植が行われたことを挙げ、「アクラ」という語にパレスチナにおける十字軍の終焉のみならず、ツェラン自身のドイツ語の源泉への暗示も見出そうとしている、ということだ。

 ナチズムという西欧の歴史に深い傷となった出来事は彼の地で生きる人々には忘れられるべきでない事実として重く背負わされる十字架である。しかし、それは「人類」という進化した猿、あるいは類人猿と生物学的には分類されるのだろうが、その「存在者」の、現今の生物学でいえばDNAに組み込まれた抜き難い不良品の如きものだろうか。実存的に言えば身体で「悪性新生物」としてに異常に増殖し時に死に至らしめるガン細胞のようなものだろうか。その生き物の進化の過程で、それは果たしてどのように乗り越えられるだろうか、というのが現在に生きる私たち「現存在」の「自己」に課せられた課題とアカショウビンは思考する。

  同時にそれは、倫理とは何か、という問いとしても脳髄の奥で明滅するのだ。

 欧米の歴史過程ではキリスト教、ユダヤ教という宗教の影響下で暮らす人々が背負う「負債」あるいは、それを裏返せば「試練」とも「恵み」とも解釈されるだろう。それはまたイエスという男が、歴史の或る時、あるいは或る瞬間に十字架を背負い、民衆から石を投げられ、「国家」によって、あるいは彼を憎んだ対立者達によって殺された、という「歴史」を読み自らの生の血肉としながら生きている人々が住む時空間でもある。そこで問われるのは、その地で生み出された「倫理」が果たして私達が住む国やその周辺の国、あるいはこの惑星の反対側の地域でも通用するのか、という疑念である。

 イエスという男の、おそらく当時の人々にとっては賛否真っ二つに分かれただろう評価の渦中で、一人の男の死は、ヒトあるいは人類の「歴史」として文字に残されることで「出来事」はまるで次元の異なる位相に置き換えられた。この変換に鈍感であってはならないだろう。

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