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2006年2月26日 (日)

死とは

 仕事関係の若い社長が今朝クモ膜下出血で急死した、という報が携帯に入った。享年44歳。昨年、社長になったばかりだった。お通夜と告別式に赴き、にこやかな遺影に対面し、夫人や残された成人前の子供達の姿を見ると、その早すぎる死に、ご両親の哀しみもいかばかりか、とアカショウビンも、あらためて死とは何なのか、という問いに思い至るのである。

 それはまた、この世に生きるということはどういうことなのか?といった問いへも導かれる。ハイデガーは、人という彼が現存在という語で考察する生き物は、死を先駆的に覚悟する存在、という。けれども私達の日常で死は限りなく遠い。日常的に死に出会う人は宗教者などごく限られている。それが近親や知り合い、親しい友人の死に遭遇すると、我々にも忽然と、他者の死を介在し己の存在のあやうさに、はたと気がつくのである。

  アカショウビンも昨年の夏、中学時代の友人がガンで亡くなったという連絡を受け愕然とした。その何年か前には一つ年下の従弟が急死している。50年を越えて生きていると周囲には身近な人々の死が増えていく。それにしても、死とは何か、という果たして答えがあるのかどうかさえ不明な問いには誰でも遭遇するのではないだろうか。生き物とは死ぬ物でもあるのだ。日本人の歴史的な感性は、それを、もののあはれ、という言葉で表現した。

 昨年か一昨年か、若い中国女性が、ある作家のホームページで、源氏物語を学んでいるが、もののあはれ、というのがわからない、誰か説明してくれませんか、という問いかけがあり、アカショウビンも自分なりに回答したことがある。返事はなかったが、古人の中に通底している死への不安と関心の深さが、その言葉には幾重にも重層した厚みでこめられている。

 感想を書くと言いながらぐずぐずしている「男たちの大和」という映画は邦画としては久々の大ヒットを記録し続けているようだが、そこには戦争礼賛ではなく、死に赴く軍人の懊悩と悲哀が、それなりに描かれているのが共感されていると思われる。今の日本に、あの時代の過酷さはない。しかし日常には様々な死がある。世界でも指折りの繁栄を謳歌しているはずの私達も身近な死で、その足元の危うさに気付く。

 ギリシアの哲人は、生きていることは死を練習することであると説いた。仏陀は、この世は無常迅速と説いたのではなかったか。

 先日はトリノのオリンピックで荒川静香さんの金メダルに感動したアカショウビンは仕事上の付き合いでしかなかったが44歳の早すぎる死に、人の世の無常をあらためて思い知るのである。

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2006年2月19日 (日)

映画寸評

 2月9日(木)のことだが、「単騎、千里を走る」を有楽町マリオンの日劇で観にいったときの各館の様子が面白かった。「単騎~」はまばら。後日行ったとき満員だったことからして、そのときの「THE有頂天ホテル」もかなりの入りだったろう。向かい側の「フライトプラン」にはマスコミのテレビカメラが群らがっていた。ジョディ・フォスターが挨拶に来館でもしていたのだろうか。彼女のファンでもあるアカショウビンは、ふらふらと、そちらへ足が向き返るのを踏みこたえて「単騎~」へ向かったのである。今年1月に観た「男たちの大和」も、その後に観た「キング・コング」もかなりの入りだった。

 「キング・コング」は、もういいよ、と言いたくなってしまったハリウッド活劇。毎日新聞の映画評は、おおむね好評だったと記憶しているが見事に期待は裏切られた。ハリウッドも旧作をリメイクするしかないネタ切れ状態なのか?だとしたら米国が誇る映画文化の世界支配にも黄昏、翳りが見えてきたと歓迎したい、とアカショウビンは嫌味のひとつも言いたくなるのである。

 一昨日は、買い溜めておいたDVDの中から、エリア・カザン監督の「紳士協定」を観た。これは米国でのユダヤ人問題を題材にした1947年の作品だ。公開当時は日本人の私達が見る以上に米国社会では物議を醸したと推測される。しかしまた、それは米国社会で果たして黒人問題より深刻であったかどうかという疑問も喚起させる。しかしながらこの作品は、社会派のカザンがナチスの蛮行が次第に明らかになるなかで覚悟を決めて撮った作品であることは理解する。しかし、その後、米国の知識人階級、政治権力にも支配権をめぐらしたユダヤ人達への迫害は左翼弾圧の「赤狩り」の中で形を変えユダヤ人迫害以上に過酷な黒人弾圧へとエスカレートしていく。「紳士協定」は幸か不幸か、おそらく政治的な配慮も働いていただろうが、第20回のアカデミー賞で作品賞・助演女優賞・監督賞を受賞した。しかし、それは米国の良心と賞賛できるものでもない。映画史を辿れば、黒人差別の過酷な現実の映像化は少なくともアカショウビンの経験ではアラン・パーカー監督の「ミシシッピー・バーニング」という傑作の登場を待たなければならなかった。

 「紳士協定」ではグレゴリー・ペック演ずるルポライターと彼を支える母親の姿が米国人好みの正義派の面目躍如である。しかし作品は彼の国がドイツ・イタリア・日本に戦争で勝った後も、人種問題という内なる病根を抱えていることを伝える。それは戦後も米国社会に底流する根治しがたい病として隠蔽されていることに我々は無知であってはならない。

 そのような作品も観ながら、先日は毎日新聞で外国人記者が「SAYURI」の反響を書いているのも読んだ。それは比較的に公平性を保った批評になっていたが、日本人からは国辱ものとの批判も出ていることは週刊誌で読んだ。そこには我が国の女小説家が高名な男恋愛小説家の評言として伝えていた。しかし、国辱ものという評言にアカショウビンは同意しない。その理由は先ののブログを読んでいただきたい。

 正月に観た「男たちの大和」の感想は、いずれ書くとして「THE有頂天ホテル」を先にしよう。

 この大ヒットの人気はともかく、作品の完成度には不満だった。その理由は、一言で言えば監督の作品全体へ配る視線が甘く、作品全体を統率する力がいかにも不足しているところにある。三谷監督はビリー・ワイルダーを尊崇する有能な脚本家だ。では、この作品で三谷氏は監督としてのワイルダーの域まで到達したか。うーん、残念、というしかない。アカショウビンには「単騎~」と同じく期待が大きかっただけに。

 アカショウビンが考える傑作の条件は物語を掌握する監督の求心力と、役者たちのそれに応える渾身の演技と台詞。それに音楽だ。これらが絶妙にブレンドされて傑作は生まれる。この作品で台詞は脚本家の美質が随所に見られる。しかし、それは作品の中心に凝縮していかない。作品の本質を明らかにするのは監督という仕事の力技である。黒澤も小津も偉大な監督たちの傑作は、それを成し遂げているところにある。三谷監督はこれからもチャンスがある。その才覚はアカショウビンも認めるにやぶさかではない。次作に期待しよう。

 それにしても邦画で劇場が満員になったのを経験したのは久しぶりだ。それを素直に喜ぶべきことは言うまでもない。

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光について

 「感覚的な太陽から発するのであれ、知的な太陽から発するのであれ、光はプラトン以来、存在すべての条件となっている」とレヴィナスが語るときにユダヤ教徒、キリスト教徒の脳裏と身体には創世記の神が言ったという「光あれ」という語句が、それを読む人の心の中で、それぞれの響きをもって呼応しているだろう。それがレヴィナスの言説にも大きな影を落としていることは見やすい。

 「神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である」(新共同訳 1992)

 レヴィナスの言うことを、もう少し聴いてみよう。

  「世界の存在は光によって特徴づけられている。したがって世界は、実存する諸対象の総和ではない。全体性とか総体といった観念は、世界を包摂しうるひとつの存在においてしか理解されえない。全体性なるものがあるのは、それが光のなかにあるひとつの内面性に準拠しているからである。その点で私たちは、統覚による総合と、世界の構成におけるその統一の役割をめぐるカントの見解の深遠さを認める。ただそれを、直感と視覚と光の総合として理解するとしての話だが。」(「実存から実存者へ」西谷修訳 p98)

 カントの深遠さというのは訳者の西谷氏の訳注によれば、次の通りである。

 カントは「先験的統覚」と「経験的統覚」とを区別しているが、ここで問題となっているのは「先験的統覚」。認識が可能であるためには、直感に与えられる多様なものが統一され、その表象が一個の意識において総合されなければならないが、その統一の根拠となるのが、「私は考える(コギト)」という意識である。この意識は感性から(経験から)発するものではなく、あらゆる対象の表象はこの意識に関係してのみ可能となる。これをカントは先験的統覚と呼び、この統覚による統一を人間の認識全体の最高原理とする。

 レヴィナスの、この1947年の著作がハイデガーの「存在と時間」はじめハイデガー哲学を踏まえているのは明らかだ。その構成は、次のようになっている。

 序章

 実存との関係と瞬間  1  実存との関係   2  疲労と瞬間 

 世界  1  志向    2  光

 世界なき実存  1 異郷性  2  実存者なき実存

 実詞化 1 不眠  2  定位   3  時間へ

 結論

 この中で「疲労」や「不眠」の分析や実詞化(イポスターゼ)といった用語(これを「レヴィナス・コレクション」で合田正人氏は「基体化」と訳している)で、ハイデガーから学んだものを、その境域を越えて思索しようとする強靭な意志がレヴィナスの真骨頂だ。それは収容所から生き延びた者としての強い自覚に裏打ちされる思索である。ユダヤ人同胞の死と運命が彼の脳裏と肉体には重く抱えられている。この著書には、その格闘が随所に強く刻印されている。それは当時のフランスではハイデガーをもっともよく理解していた者がハイデガーを越えようとする強い意志に貫かれた思索の跡である。

  戦後のユダヤ人たちをはじめ、左右両翼のインテリたち、ハイデガー論争の端緒を開いたヴィクトル・ファリアスの政治的言説をもってしてはハイデガーの全体像は描けない。そこには教え子のハンナ・アーレントとのゴシップをあげつらってハイデガーをこきおろそうとするような次元へも降りるのである。アカショウビンは出来る限り、そういったところからハイデガーが生涯かけて思索した「存在」をより明確に捉えレヴィナスならずとも彼の存在論を自らの存在を通して更に一歩進めてみたいと願う者である。

 「ソフィーの選択」で描かれるユダヤ人たちの担う歴史の独自性は欧米の文化に深く根付いている。それは日本人や東洋の民には非日常的なものだが、類似した現象は身近にある。在日韓国人、琉球(沖縄)人への差別、遥か歴史を辿ればアイヌへの仕打ちにも見ることができる。しかし、ユダヤ人の歴史に比べれば、その規模は未だ小さい。もちろんそれは規模の問題ではない。これらの問題については、いずれこのブログでも論じる機会があるだろう。

  スタボロさんのコメントに応じて挙げたパウル・ツェランもユダヤ人の詩人として戦後を生きた、ハイデガーと関わる人である。1948年の処女詩集を「骨壷たちからの砂」と名づけた心情はユダヤ人の運命を深く自覚するツェランの呻き声が聞こえてくるようだ。そこには重く圧し掛かる同胞の歴史と現実と、未来への苦渋とかそけき希望がこめられている。詩人がハイデガーを訪れたときにはどういう会話が生じたのだろうか?また、それは会話と称する態のものだったのだろうか?このユダヤ人の優れた詩人にハイデガーはどのような表情で相対したのだろうか?いずれ、それはこのブログで再構成してみようと思う。

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2006年2月12日 (日)

単騎、千里を走る

 「単騎、千里を走る」は張 芸謀(チャン・イーモウ)が「初恋のきた道」で描きあげた母・息子、母・娘関係を父・息子の関係に移して描いた作品だ。前者では父が不在だったが、この作品では母が不在である。しかし、そういった仕掛けを含めて物語は「初恋のきた道」 の構成を踏襲したとしか思えない安易さを克服していないと不満だった。

 高倉 健という俳優の存在感が大き過ぎたのだろうか?いや、それは日本人として見るからそう思うのであって高倉 健という俳優を知らない外国人から見れば、この作品も異なって見えるのかもしれない。また雲南省だったか石鼓村(ネットで調べたら実際はこの名だったが字幕では石頭村ではなかったか?)という村の村長や、その周辺の人々の描き方も「初恋のきた道」をなぞり新味がない。というより作品の構成と狙いが透けて見えるのだ。

 にもかかわらず、この作品がある種の力を持って迫ってきたのは、二組の父と息子の情愛を物語る一方で風景を実に丁寧に撮影しているところにある。その自然の圧倒的な存在感は出演者たちの存在を凌駕しているようにも思えた。トウキョウという首都で仕事をし、たまに地方へでかけ、日常の自然を知らず、通過者としてしか接しないアカショウビンのような都会ボケのニッポン人からすれば、奇岩や、自然の脅威や和みの下で、人間という生き物達が、いじましくも生きる姿が見られただけでも、この作品を観た甲斐はあった。しかし、それでは張 芸謀の作品としては物足りない。

  アカショウビンが男だから違和感をもったのかもしれない。「初恋のきた道」が女性から見ておそらく異なって見えるだろうように、この作品も女性が見れば、また異なって見えるのかもしれない。ところが監督が男で、主役も男の中の男だからゆえに、父と息子というテーマを客観視できず、「初恋のきた道」のようには、うまく物語を語れなかった、とも考えられる。まぁ、「初恋のきた道」にノックアウトされたアカショウビンの感想であるから、ないものねだり的な感想であることは許されたい。

 監督は日本と中国を往復しながら仕上げに時間がかけられなかったのかもしれない。日中合作という、距離的、時間的な壁のなかで妥協があったのかもしれない。偉大な主役に気を使いすぎたのかもしれない。かもしれない、が多すぎる(笑)。期待が大きかっただけに、どうしても、こうなってしまう・・・。

 それでも刑務所で演じられる昆劇(?)は面白く、作品が息づいた数少ないシーンだった。あれは「活きる」でも効果的に使われていたのを思い出した。

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実存論的聴覚・視覚論

 「リヒテル<謎>甦るロシアの巨人リヒテル」、というDVDを観ながら、人間が音を奏でる、という行為は実存論的には、どのように位置づけられるのか、と考えた。そこには、リヒテルが西側(今ではなつかしい響きだ)にデビューする前の映像も多く記録されている。デビュー以降は世界各地でピアノを弾く姿を見ることもできる。それにしても若い頃のリヒテルは弾きまくりピアニストだ。インタビューに答えて、ヨーロッパや米ソ冷戦の時代に行きたくもなかった外国で不満足な演奏しかできなかった後悔も率直に語っている。また熱狂的に迎えられた米国を陳腐(字幕ではそうなっていたが音声ではstandardという英語だった、と思う)な国とも評している。これは決して政治的な発言ではないだろう。同時代のショスタコーヴィッチなどの音楽家に比べてもリヒテルというピアニストは政治とはかなり距離をおいた、というより政治に殆ど興味がなかった芸術家と見える。もちろん表面的にはだが。またこのDVDでも、その辺りのところは通り一遍にしか伝えていない。スターリンの国葬の時に演奏を強いられたというエピソードが挟まれているくらいだ。

 日本語には、視る、見る、観る、など、あるいは、看る、診るなど、視覚だけでなく心像として対象に対峙する行為がいくつもの漢字にあてられる。ところが聴覚には聴く、聞くらいしかない。人間の五感は仏教では眼耳鼻舌触と順序付けているが、それは往古の人々も、その順で人間が刺激を受けることを表しているのだろうか。

 今朝のNHKテレビで西山英雄さんという、戦後のある時期から亡くなるまで桜島を書き続けた画人(と案内者の方は言っていた)が紹介されていた。凄い画家というのは私たちが知らないだけで世の中には幾人もいるものだ。先の同じ番組では堀 文子さんという80数歳で旺盛な創作をされている現役の画家も紹介されていて驚愕し感銘した。しかし画風は異なるといえど西山さんの桜島は凄いものだ。アカショウビンは大観の富士に対する執着にも対抗する激情を感得した。それらは、恐らく戦場で視た地獄を戦後、寡黙に徹したという西山さんが作品に塗り込め、凝縮し濾過し画布に現そうとした気迫が伝わるからだ。それは妄狂とでも称するしかない凄みがある。

 お弟子さんに、日の丸を描いてみぃ(西山さんは京都の人だ)と促し、弟子が丸く描こうとすると、違う、違う(それは、ちゃう、ちゃうという愛情を込めた京都弁だったかもしれない)と怒り、対象は中心から描くんや、と教えたという。それは西洋哲学的にいえば形相として捉えるのではなく、「存在」を掴み取るのでなければ平面に対象を写し取る絵画という芸術は多次元的に表現できないということだろう。その晩年にいたる実に千変万化する桜島を見ると西山英雄という画家はゴッホにも比肩できる画家なのではないのかと瞠目する。

 それにしても我が国の美術教育は泰西名画に偏りすぎているのではないか。アカショウビンの美意識も小学校から中学、高校と進むにつれて、その偏重が甚だしくなっていったように思う。現在の状況は知らない。しかし教科書に西山英雄は入っているのかどうか。恐らく入っていても泰西名画の中に埋もれているのでないか?

 歴史教科書の話題はここへきて鳴りを潜めているようだが、美術教科書でヨーロッパ偏重はないのか?だからといってアカショウビンは歴史教科書の編者たちに同意するわけではない。西山の絵を見て、画家が対象を見る面白さにアカショウビンは立ち止まる。西山描く桜島の数々の絵は画家という存在が全身を、視る存在と化し画布に定着させる存在であることを痛感させる。

 同様にピアニストとは、逆に、書かれた楽譜を音にする存在である。リヒテルが演奏する音楽を聴くと、盲目のピアニスト、オルガニストがいることも考慮すると、もしかしたら、人間は目が見えなくても耳だけで人間の五感を超えた境地に達することができる存在なのかもしれないと思う。盲目のピアニスト達、ヴァルヒャのようなオルガニストの視覚に太陽の光はない。しかし心の中で映像はどのようにか実存しているのではないか?実存論的には、それは、どのように説明されるだろうか。

 先のDVDにはグレン・グールドがリヒテルを評している映像も入っている。それは実に急所を突いていると思った。グールドはシューベルトが好きではないとしながらも、ロシアを訪問した時にリサイタルを聞いたのだろう、シューベルトが素晴らしかった、と率直に語っている。優れた音楽家というのは、書かれた楽譜からどれだけ作曲者の意図を読み込み、その心の襞に入り込めるかで才覚が問われる存在なのだ。楽器を自由自在に操れるようになった後に、暗譜で演奏するのではなく再び楽譜と向かい合う(リヒテルも、指揮者ではクナッパーツブッシュもそうだ)ことで優れた音楽家は、或る境地に達すると思われる。

 その境地は存在論で言う超越という概念である。E・レヴィナスはハイデッガーを一歩進めて存在論を思索するなかで「志向性」という概念を説明し、「志向性」は「意味」の起源にほかならない、として、「意味とは、精神に対する透過性、感覚と呼ばれるものをすでに特徴づけている透過性であり、そういってよければ光の明るさのことなのだ」、と「実存から実存者へ」(ちくま学芸文庫 p95 2005年 12月10日)で述べている。

 続けて(中略)、「感覚的な太陽から発するのであれ、知的な太陽(アカショウビン注:盲目の演奏者には、この概念が充てられるだろう)から発するのであれ、光はプラトン以来存在すべての条件となっている」、と思索する。戦争が終わり1947年に出版されたこの書物はハイデッガーを一歩進めようとするレヴィナスの思索が独特な構成と独自の「実詞」(イポスターゼ)という術語を用いながら試みられている。それはハイデッガーも目にし耳にしていただろう。先のブログでも紹介したハイデッガーが「待望の光明」という言葉で表しようとしたのもレヴィナスの思索と呼応していると思われる。

 かように、光と音とは人間という実存に深く関わる。それは存在なのか存在者なのか?あるいは実存なのか、実存者なのか?おそらく、それは両方であり、その絡みあいがハイデッガーが「現存在」という用語で現そうとした人間という生き物の存在の在りかた(哲学では様相というのだろうか?アカショウビンには小林秀雄がフランス語でフォルムという語に充てた姿という日本語が適切で理解しやすく思うのだが)なのだ。しかし、それはさらに綿密な思索を要する対象だ。アカショウビンも、いろいろな音楽や絵や映画を楽しみながら思索していこう。

 ところで最近観た映画では「キング・コング」も「単騎、千里を走る」も「有頂天ホテル」(これは昨日観てきたが満員のヒットだった!)もかなり不満だった。その感想は近く詳細に述べてみようと思う。

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2006年2月11日 (土)

過たぬ記憶で辿ろう(続き)

 「ソフィーの選択」で事実誤認があったので修正する。メリル・ストリープ演ずるソフィーはドイツ人女性ではなくアメリカへ移民として渡ってきたアウシュビッツで生き残ったポーランド人女性だったのだ。ところが彼女の父親が反ユダヤ主義者の大学教授のポーランド人だったのでアカショウビンは、いつの間にか、ドイツ人女性とユダヤ人の男の悲恋という、見やすい構図に置き換えていたわけである。人の記憶は時に曖昧である。そして安易に図式化する。注意せねばならない。

 その秘密をソフィーは恋人のケヴィン・クライン演ずるナチスへの憎しみに時に常軌を逸するユダヤ人のネイサンに隠し続けた。その父親はナチスの知識人狩りに巻き込まれて反ユダヤ主義者でありながら逮捕され銃殺されたという事実も明かされる。ソフィーはアメリカに渡り恋人のネイサンやこの作品の原作者と出会い、父親はユダヤ人を擁護した大学教授だったためにナチスに殺されたと嘘をつき続けたのだった。

 映画ではソフィーが、強制収容所から、どのように生き延びてきたのかが、原作者にソフィーが告白するように語りかけるなかで回想される。レンタルビデオで見直すと、それにしても改めて痛烈な作品だと思う。あえていえば、この作品を、このように事実誤認しながらも大筋では記憶しているなかで、少なからぬ関心を持って見たスピルバーグの「シンドラーのリスト」は、何とぬるい映画か、とアカショウビンはがっかりしたのだった。アカショウビンには「シンドラーのリスト」はこの作品を乗り越えているとは思えなかったのである。

 物語の進展のなかでネイサンが実は麻薬患者で、しかも精神分裂症を病んでいることが明らかにされる。

 そして二人の死で悲恋は終わる。そこには映画の前半で恋人達の出会いに重要な道具立てとなったディキンスンの詩が添えられる。

 ナチスによる、それは狂気としか見えない驚愕する歴史事実を前にして私達日本人は何が言えるのか、という一つの痛烈な問いをアカショウビンは、かつてこの作品から突きつけられた。その種のアカショウビンが観た最初の映像はアラン・レネ監督の「夜と霧」だった。これは多感だが未だ世界と歴史に対するには、おざなりの知識と経験しかもたない、未熟な高校生には刺激の強すぎた作品であった。そこでは見る者を身悶えさせる映像が突きつけられるからだ。

 ドイツの近代史を、映像を通じ、さらに書物や人々の語りで受け取る歴史事実は、単なる人間の狂気として片付けられるものなのか、というのが、それ以降アカショウビンの中に間欠泉のように吹き上がる問題意識である。それは、私自身とは関係のない、歴史の或る時期に起こった例外的な事実だったとすることはできないのではないか?ある状況と条件が揃えば、我々もまた、その陥穽に知らず落ち込む、人間という生き物の中に組み込まれている性(さが)なのではないか?それは、いつの世にも人間という生き物の歴史に生じ得る可能性を持つ、たとえば仏教で説かれる業のようなものではないのか?これがアカショウビンが、このような作品を見る度に継続して抱き続ける問いなのである。

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2006年2月 7日 (火)

過たぬ記憶で辿ろう

 N村君からアカショウビンの記憶違いを指摘された。何と彼は映画の「ソフィーの選択」を観ていないというのだ。!おそらく、彼と話したとき、アカショウビンが勝手に映画の面白さを語り、彼が話に合わせて原作を読んだ感想を話したのを彼と映画の話をしたと勘違いしたようだ。記憶というものは曖昧なものだとアカショウビンは反省した。N村君、ゴメン。

 生真面目な彼のことだから原作(アカショウビンは原作を読んでいない)の主題になっている筈の、ナチスの父親(両親だったか?)をもったドイツ人女性とユダヤ人の男の恋愛を軸にした物語展開に関心が集中しエミリー・ディキンスンの詩は映画化するときに、そこを強調して換骨奪胎しただけなのかもしれない。ここは原作と映画で確認したいと思う。

 ところで映画で引用されていたディキンスン(岩田典子さんはディキンソンと表記されているがアカショウビンはディキンスンが音に近いと思うのでディキンスンと表記することをお断りさせていただく)の詩の訳(新倉俊一氏の訳編では829番)を、以前にビデオを観て書き取った箇所は次の通りである。

 広い寝台を畏れをもって準備し、公正な審判の下る日を静かに待とう 褥(ここは、しとね、と仮名になっている)枕 (これも、まくら、となっている)をまっすぐに 朝日の黄金色の騒音に乱されぬように

 ここの訳は新倉俊一氏の訳では次のようになっている。

 この床を充分にのべなさい 畏敬をもってこの床をのべなさい やがて審判が公正無比に始まるまで ただその中で待ちなさい そのふとんをまっすぐに揃えなさい その枕をふくよかにしなさい 日の出の黄色い騒音で この大地を乱してはいけない

 微妙にニュアンスが異なる。映画のほうが意訳しているのだと思う。しかしそれが映像には実にそぐわしいとアカショウビンは思ったのである。恋人たちが、恐らく互いの歴史的な出生の違いを超えて愛し合う先には死が見えていたのではないか。そこで引用されるディキンスンの詩が絶妙に映像を支えていたことにアカショウビンは震撼されたのだと当時の記憶を辿るのである。もっとも、そのシーンはもう一度確認してみたいと思うが、いつのことになるやら。

 かつてアカショウビンは、国語にあてる時間を英語以上に増やし、歴史的仮名遣いを国語教育の中で古典を通して教えよ、と主張したことがある。それは古語を通じた国語を大切に教えなければ外国語を学んでも、恐らく上達は覚束ないと考えるからだ。その古語と国語の中で重要なのは詩ではなかろうか。ハイデッガーがヘルダーリンの詩に根底から触発されているように、哲学者でさえ詩人の境地へ分け入ることは哲学することと不可思議に呼応している。我が保田與重郎が万葉集、和泉式部、人麻呂、家持の詩に触発されるのも同じような境地に達しているからだとアカショウビンは思うのである。

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2006年2月 1日 (水)

エミリー・ディキンスン(続き)

 先のブログは通勤の時に満員電車の中で、おばさんやおじさん、お姉さんや若い男の迷惑そうな視線を無視してザウルスにメモったデータをパソコンに移し修正したのだが、文字が大きくて読みづらいこと甚だしい。いずれ修整したいのでお許し願いたい。

 きょうは書店で岩田典子さんの「エミリー・ディキンソン-わたしは可能性に住んでいる」という著作も大枚を払い買ってきた。そのうちN村君から返信もあるだろうから、こちらはちゃんと応戦体制を整えて待ち構えているのである。

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エミリー・ディキンスン

  友人のN村君は高校の英語教師である。生真面目で律儀。昔の書生さん(この実体は知らないが)風とでもえいえば、何となく雰囲気だけは伝わるだろうか(そんな事あるわけないか)。見た目は教え子の女生徒からモテそうな風貌だが、話していると理屈っぽく、吉本隆明にも影響されているようだ。そんな教師と女生徒の関心とは天地ほどにも離れているだろうから、彼が教師として、どんな「生活指導」とやらをしているのかアカショウビンは少し興味がなくもない。

 生まれは東京の下町。かつては、あの荷風翁も足しげく通った遊郭の近くだが、学生時代からまじめで、そちらの話は、あまりした記憶がない。

 生真面目な輩は、えてしてドン臭い。そしてたいがいが含羞というものに鈍感だ。ところがN村君は少しシャイ。学生時代は、風貌のわりには、女子によくモテたようにも見えなかったが、なかなか美しい恋人はいた。微妙なところでシャイ。それが女心を複雑に刺激するのかもしれない。それは果たして母性本能と、どう関係づけられるのか面白い課題だが。巷間、流布している「母性本能」という「本能」も近代の入口辺りで作り上げられた概念だ、と論じていたのは誰だったか?おっと、話がそれてしまった。その美しい恋人とも別れ、晩婚だったが今は一人娘の父親でもある。

 なぜ、こんな前振りをするのかというと、それは彼が高校の英語教師をしている、という一点に以下の話が関わってくるからである。

 アカショウビンのような映画狂ではN村くんはない。しかし我々のような年代が学生の頃は、名画座という、懐かしい、ありがたい、格安な料金で、世の傑作、佳作、凡作、駄作、愚作を上映してくれた映画館が次第に滅びていく最後の頃だった。

 仲間で駄弁る材料は、小説や作家、批評家、それに音楽、女や映画の話だった。しかし社会人になれば、そんな話は自然としなくなる。女房、子供、家のローン、嫁姑の争いが切実な話となってくる。アカショウビンのように、この歳になっても性懲りもなく、映画や音楽、思想、哲学の話を、ブログというような、真面目に仕事に活用するならともかく、金にもならない話をシコシコと書くというのは阿呆のようなものである、と心から情けなくなるのである(笑)。 

 なかなか本題に入らないので申しわけない。ここから入る。 そのN村君と、何年か前に話していて「ソフィーの選択」という映画の話になった。アカショウビンは、良い作品だ、と褒めた。N村君は原作も読んだという。そこでアカショウビンは、何が良かったかといってエミリー・ディキンスンの詩が素晴らしかったと感想を述べた。しかしN村君はキョトンとしている。何それ?という風情なのである。アー、何とドン臭いやつか、と学生時代以来、そのときもまたアカショウビンは呆れたのである。

 あの映画を観たあと、脱兎の如く(たとえが古くてもうしわけない)本屋に走り、息を切らしながら可愛い女店員を姑息にも避け、無表情な女店員を選び、目を血走らせ、どもりながらも「エ、エ、エミリー・ディキンスン詩集はどこにありますか」と勇を鼓して訊ねない男は共に文学、天下、国家、人生を語るに足らない、と心から深いため息をついたのである。しかしN村君は、エミリー・ディキンスンなんて読んだことないんだもーん、と平気な顔をしているのだ。英語教師がディキンスンを読んだことがないということは、フランス語教師がヴァレリー、マラルメを読んだことがないというのと同じく愚かで恥ずかしいことではないのか?アカショウビンは、そのとき、心の底から日本国の英語教師と英語教育に絶望したのであった。あの作品の中でディキンスンの詩は千金の重みを担っていたではないか。おーい、N村君!日本の英語教師はそれでいいのか~~。

 アカショウビンは松蔭寅次郎が、黒船という、その頃の江戸庶民にとってエイリアンの襲来のごとき登場に恐れをなして逃げ出すのを尻目に、翻然とその何たるかを身を挺して視極めんとした行動を思い起こすのである。もちろん、飛躍は承知で言うのである。こうなったら勢いと言うものである(笑)!

 松蔭寅次郎が幕末に西洋文明に己の知を対抗させて、徳川幕府という瀕死の、しかし日本国の歴史を担い続けてきた権威に対峙した気概と歯噛みをアカショウビンは共有する者である。N村君のキョトンとした表情に、それはもしかしたら居直りでもあるのではないか、と邪推しアカショウビンは絶句したのであった。

 先日、思うところあって訳詩集を購入し、映画で語られた詩の箇所の翻訳を読んだ。つまらない訳だった。しかし、それは原文がつまらないのか、翻訳がつまらないのか確かめたわけではない。映画の中の字幕で辿る翻訳は素晴らしかった。そのうち、原文と照らし合わせ、映画も見直したいと思う。

 それにしてもN村君は、未だにディキンスンを読まず、授業で生徒にも教えていないのだろうか?おーーい!中年の英語教師~~!それで日本の英語教育は大丈夫か~~。

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存在論的嗅覚論

 夢に海老が出てきた。正確には3種類の海老を、京都だかの料亭で饗され、そのうちから好きな海老を食べて良し、という贅沢な場を与えられている夢のような(夢なのだが)シチュエーションなのであった。アカショウビンは卑しくも、そのうちからドレニシヨウカナ、と品定めしながら匂いを嗅ぎ、ルンルン気分でいる時に目が覚めた。(笑)。

 或る西洋の賢者の考察によれば実存者とは意識である。意識とは仏教ではたしか六識で、嗅覚は五感のうちの3番目だった筈だ。睡眠の中で、私の自我は限りなく無限の中をたゆたっている。ところが夢の中に現れた3種類の海老は異なった姿で見えるのだが嗅覚が機能していない。これはどういうことか?五感のうち視覚は機能し嗅覚は機能しないというのは!(怒)

 新年会続きでアカショウビンの味覚は麻痺しているようだ。まだ現実の海老が宴会に出てきていないことに意識が抗議しているだけなのか(笑)。あるいは嗅覚は、ヒトの五感のなかで3番目に鈍感という生物学的兆候を示しているだけなのか?これは考察するに値する哲学的課題である。後日改めて思索してみようと思う。

 

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