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2005年11月20日 (日)

女の力

 高橋尚子の走りを見て凄いものだと感嘆した。アカショウビンは駅伝嫌いのマラソンファンなのである。東京オリンピックでアベベ、円谷幸吉の勇姿を見て以来、マラソンという競技の面白さを知った。以来、中学のマラソン大会では全校で5、6位以内に入ったこともある。別に自慢しているわけではないが、それも東京オリンピックの感動が影響したものだ。長じて、そのアベベや円谷の後半生の痛ましさには人の生の数奇さを学んだ。

 なぜ駅伝が嫌いかというとマラソンのようにゴールまで一人で走る孤独に耐えることがない競技だからである。高橋尚子も口にしたことがあるように最近ではスポーツをするのは「楽しむ」ことらしいが、それは実際の競技での本音とは異なるものではないか?スポーツでも、囲碁・将棋の頭脳ゲームでも、それを楽しむのは素人だけである。専門家は孤独と苦しみが殆どで、喜びを味わう勝者は一握りである。多くの敗者は苦しみと悔しさだけなのではないか?それでも楽しんだというのは自分を誑かす物言いと思うが如何か?

  それにしても先のオリンピックの野口みずきの快走やきょうの高橋尚子の走りを見ていると日本の女は本当に偉いものだと思う。敷島の大和の国の頃から、この国は女ならでは明けぬ国なのかもしれない。アカショウビンは別にフェミニストではないが、女性天皇の可能性も開かれそうだし、政治も頑固一徹の無能・思考停止首相より女党首にやらせてみたらどうか?

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