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2005年11月23日 (水)

強靭な意志

 先日、外回りの仕事の空き時間の途中、書店に入って積み上げられている文庫をざっと眺めながら行き過ぎようとすると三島由紀夫という文字と二・二六事件という文字が視線の端を掠めた。著者を見ると松本健一氏。仕事の合間、時間潰しにでも、と購入した。書名は「三島由紀夫の二・二六事件」。これが面白く、乱読、併読、遅読のアカショウビンには珍しく二日で読み終えた。この本で松本氏は昨年完結させた五巻本の自著「評伝 北一輝」を介して、氏が1970年に「若き北一輝」の最終章を書いていた頃に三島が自衛隊の市谷駐屯地に乱入、自決事件が起きたことなどを伝えながら、この書を著す導入としている。

 内容の面白さは、氏のその後の北一輝(1883~1937)への打ち込みかたと、日本近現代史への関心と理解の深さからくるものであることは疑いない。

 11月25日の「憂国忌」も近い。著作の発刊日が11月20日なのは氏ご自身の意図はともかく、出版社の意図は明らかと思われる。それはともかく、三島由紀夫という存在は、この国の文学史には特筆され、さらには政治史、文化史にも欠かすことの出来ない現象であろう。

 アカショウビンは既に三島の45年の生涯以上の馬齢を重ねている。自らを振り返るに、多感な高校の頃に起きたこの事件は、アカショウビンの精神形成過程に深く関わっていると思わざるをえない。三島の思想性はともかく、作家としての抜群の資質は果たしてこれを超える才能が、その後現れているのか寡聞に知らない。その論理の明晰さと文章の美しさは日本文学史において類をみない存在といってよいだろう。そしてその才能、才覚は小林秀雄が対談で表明した言葉を読めば直覚できる。

 この著作で初めて知った事は「豊饒の海」第2巻「奔馬」の主人公・飯沼 勲が、最初の構想では北 一輝をモデルにしたという事実である。それは主人公の年齢を加味して、その後改変し北の長男(養子)大輝をイメージしたことも指摘し三島の二・二六事件への並々ならぬ関心の傍証としている。高校の頃の授業で日本史の教師が津田左右吉の歴史観を紹介しながら、「英霊の聲」の「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」、を引いて多感な高校生の関心を探っていた光景なども思い出された。

 それにしても三島という作家の凄さと不思議さは、作品の明晰と、自らの思想の論理的整合性と逆説を行動で示した強靭な意志の力である。その当否はともかく、それは稀有のものというしかないだろう。昨今の作家に、その芥子粒ほどさえ有していると言える御仁はありやなしや?

 松本氏は著書の最後でハーバート・ビックス氏の「昭和天皇」への批判として昭和天皇と歴史への誤解・短見を指摘するが、異論も百出するだろう。

 とりあえず松本氏のビックス氏批判の説得力ある箇所を抜き書きしておく。

 「ビックスは天皇が日本近代史において果たした国家支配の原理ととともに、その革命原理でもあった二重構造、つまり、支配と革命との双方にわたる原理の根底にある民族の共同幻想としての天皇像にまったく理解が届いていないのである。」(p173)

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コメント

☆《自己判断停止の萌芽》過ぎし日の大東亜戦の折、我が忠良なる兵士は文字通り命を削り省みることも許されずに戦った。日露戦以来増大され、その間に生を受けしものの運命を、軍国侵略の捨て駒へと育て上げた国家政策にどれほど真摯な熱情が注がれていようとも、そこに『狂』のベクトルが貫かれていったことは否めない。共同幻想としての天皇制はたかだか百四十年ほどの歴史しかもたない。北や三島を持ち上げる前に、進取の精神とともに常に自己判断停止に陥りやすいわが国民の心性をこそえぐり出し、その狂の要素をこそ冷徹に見詰めるべきであろう。

投稿: スタボロ | 2005年11月23日 (水) 午後 01時49分

 スタボロさんへ。あのブログの調子(トーン)からするとアカショウビンが北や三島を「持ち上げ」ると読まれてもしかたなかったかもしれません。ところが本意はさにあらず。その説明は後日。真摯に見れば北と三島と言う存在は恐らくスタボロさんが考えておられる以上に重要だと思います。
 「進取の精神とともに常に自己判断停止に陥りやすいわが国民の心性」をえぐり出すことも大事でしょう。軍部が戦争に突っ走る過程の分析と彼らの心理と政治状況の分析は丸山眞男の仕事が多大の功績をあげています。
 しかし、アカショウビンは、それはおっしゃるように「狂の要素」としてでなく、軍部と国民の平均的な「常識」が変質していく過程、としてえぐらなければいけないと考えます。それはナチスとドイツ国民の場合でも同じです。あれを「狂」として捉えては事の本質を見誤る危険なしとしない、というのがアカショウビンの基本姿勢です。

投稿: アカショウビン | 2005年11月25日 (金) 午前 06時24分

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