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2005年10月 2日 (日)

ジャズの現在

 上原ひろみ、という若いジャズピアニストの噂は聴いていたが、テレビのゲストに迎えられたインタビューを見て面白かった。ジャズは、まだ死んでいないのであろうか?

 昭和50年代の前半は「ジャズ喫茶」なるものが都内のあちこちにかなり残っていた。団塊世代より後の我々の世代は「政治闘争」の熱が引き、次は何か、と模索を始めていた年代とでもいえばよいだろう。そのような時代でアカショウビンにとってジャズは青春の音楽だった。我々の父母、祖父母の世代とは異なり複製音楽は巷に満ち溢れ、電蓄はオーディオと名を変えLPレコードは音楽好きの中高大学生にも楽に手に入る時代になっていた。アカショウビンは高校生まではモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスが、この世で最高の音楽家達で(今では殆どオタクか!)、ジャズというのは、まるで違う世界の音楽だった。

 ジャズに出会ったのは大学に入ってからである。友人達にはロックファンとか、まるで音楽には興味のない連中とか、何となくクラシックは知っているがアカショウビンほど入れ込んではいない友人が殆どだった。その中でジャズにもクラシックにも詳しい友人と出会って、当時の音楽シーンでモダン・ジャズを知らないというのは何か「遅れて」いるように思えて、アカショウビンは焦った(笑)。確かに、コルトレーンやマイルスを聴くとクラシックにはない凄い世界があるのを理解した。「音楽」を受容するうえで、ジャズを知らないというのは、何か決定的に重要なものを欠いていることのように思えた。

 それからのアカショウビンの学ぶ場所は大学でなくジャズ喫茶と名画座とレコードと将棋道場になった(笑)。名画座と将棋道場のことはさておく。ジャズ喫茶とレコードでジャズに馴染んでいったアカショウビンは「即興」の面白さというのを理解した。上原ひろみのピアノを聴いていると、そのジャズの即興を体で体得しているのを感じる。上原の大先輩には穐吉敏子さん他多くの先達がいる。穐吉さんはピアニストから自前のオーケストラを持ち本場米国で貴重で見事な足跡を残して現在もカクシャクとしておられる。最近では綾戸智絵という強烈な浪速のオバハンもいる。そんな最近のジャズシーンを見ると、あぁ、なんて日本の女は強いのだろう!と感嘆し男共の不甲斐なさに嘆息する。

 というわけでアカショウビンにとっては、上原ひろみは穐吉敏子を超えられるか、というのがオールド・ジャズファンの期待と関心であることを伝えておきたい。そして上原ひろみというピアニストの大成を祈る。

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