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2005年9月 9日 (金)

リヒテル

閑話休題。アカショウビンの日常に音楽は欠かせないビタミンだ。この夏はジャズのビッグバンド、モダンジャズ、西洋古典音楽、日本ポップス、ハードロック取り混ぜて暑さを凌いだ。その中で特に面白かったのがリヒテルのCDだった。

リヒテルがピアノ曲の旧訳聖書とも奉られるバッハの平均律クラヴィーア曲集1巻を録音したとの鳴り物入りでの予告にワクワクし早速買い求めたのは30数年も前の頃だ。貧乏学生がアルバイトの金を貯めて買った決して高級な再生装置ではなかったが、レコードに針を落としたとき当時の吉田秀和氏が「リヒテルは神と対話しているようだ」とのレコード評がワクワクの理由だったことは白状しよう。

アカショウビンは柳家小三治師のようにレコードをターンテーブルに載せるとき白手袋はしなかったが(笑)再生装置に対面し正座して聴いたものだ(少し脚色もある)。聴き終わり、吉田先生の評は決して誇張ではない、と納得した。その後、名盤の誉れ高いベートーヴェンの「テンペスト」ソナタや他を聴いたが、バッハほど深く動かされることはなかった。(鈍感な、という陰の声も聞こえるが)

昨年か今年になってか、たまたま、これまた名盤の誉れ高い、ボロディン弦楽四重奏団とのシユーベルトのピアノ五重奏「ます」(1980)と、こちらは果たして批評されているのかどうか未知の「幻想」ソナタ(1978年5月3日のライブ)を買った。これを聴くと改めて凄いピアニストであることを思い知る。それ以来、この夏は流行のハードディスクタイプの録音機に録音し何度も聴いている。前者の第2楽章アンダンテと後者の第1楽章モルト・モデラート・エ・カンタービレを聴けば、リヒテルの底知れない懐の深さがわかる。「ます」での悠然として、たっぷりと音を響かせるのは、いかにも巨匠風だが、まったく嫌味のない、実に自然体の音楽だ。それより凄いのが「幻想」である。この曲はシューベルトの他の馴染み深い作品や晩年のピアノ・ソナタに比べてアカショウビンはあまり聴く機会が少なかった作品だった。

ところがリヒテルで聴くと、こんなに深遠な作品だったかと驚く。たまらずブレンデルの新録音、田部京子、内田光子、ルプーを購入し聴いてみた。いずれもリヒテルに及ばない。これはスコアのリピートの関係なのかわからないのだが演奏時間がまるで違う。リヒテルが26分18秒に対し、ブレンデルは17分16秒!比較的遅い田部でさえ20分15秒である。演奏については田部、内田はまだしも、ルプーにいたっては児戯に等しい解釈というしかない。

シューベルトの音楽には見え隠れする恐ろしい深淵がある。それを心底思い知らせ、ただただ全身全霊を耳と精神に集中させ聴き入らせるのはリヒテルの演奏だ。

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