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2005年8月 9日 (火)

身捨つるほどの国家

きょうの毎日新聞夕刊で、呉を訪れた栗原俊雄氏が、レポートの中で、吉田 満は時おり寺山修司の歌を呟いていた、と書いておられる。それは「マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや」という歌である。それは、アカショウビンも若い頃に寺山の政治的あるいは思想的スタンスを示す歌として様々な言説の中で引用されていたのを思い起こす。「戦後民主主義」という政治環境があるとすれば、その中でそれを切り捨てようとする「国家」という存在が「祖国」という言葉に現れている。

  だから、寺山修司の歌と、「戦艦大和ノ最期」で吉田さんが伝えている、副砲指揮官として戦死した臼淵 磐大尉の次の言葉は呼応しているのである。

 「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ。負ケテ目ザメルルコトガ最上ノ道ダ・・・今目覚メズシテイツ救ハレルカ。俺タチハソノ先導ニナルノダ。日本ノ新生ニサキガケテ散ル。マサニ本望ヂヤナイカ」(原文に句読点はなし)。

 また6月のブログで紹介した、先般亡くなった塚本邦雄の次の歌も。

 切って棄てたる愛国心の 残臭と微雨あけ 塵芥箱の濃紫陽花

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