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2005年8月21日 (日)

黒澤 明の「赤ひげ」

生涯に観た映画作品で心に残る映画を一本あげよ、と言われれば、そんな無茶なこと言われてもねぇ、とブツブツ言いながらも楽しい思案の末にアカショウビンは黒澤 明の「赤ひげ」を挙げる。   

この作品は、黒澤 明という映画作家の集大成といってもよい作品に思える。確かに、作家としての頂点は、もっと早い時期にあり、「生きる」「七人の侍」などの傑作群は「赤ひげ」以前にあるのは認めるところだ。しかし黒澤 明という我が国が生んだ稀有の映画作家の集大成は「赤ひげ」だ、とアカショウビンは確信する。以下感想を述べるが、監督を含め出演者のお名前の敬称は省かせて頂くことを、おことわりする。

この作品では、人とはどういう存在か、人が生き、死ぬ、ということは、どういうことか。それらの、誰もが人生の或る時に感ずるだろう問い、に黒澤は山本周五郎の原作を通し答えようとしている。映像と物語、あるいは非物語で何事かを伝える「映画」という媒体を駆使して黒澤は、それを物語として描き尽くそうと奮闘した。出演者達も渾身の演技でそれに応えた。黒澤の人間を見つめる眼差しは深く、悲しく、明るく、時にユーモラスに表出されている。

アカショウビンも50年を越えて生きてきて、ふと自分の人生とは何だったのかと振り返ることがある。その折に、出会えて良かった、これで思い残すことはない、と言い切れる音楽、絵画、あるいは小説や詩を幾つか挙げることは出来るが、映画作品では「赤ひげ」がその中の一つだ。

繰り返すが、この作品で黒澤は、人とはどういう存在なのか、という設問に映像と物語で一つの回答を出した、とアカショウビンは思う。この作品を高校生の時に最初に見て驚愕し、それから他作品を観た後も、未だに繰り返し見直すのはこの作品だ。何年かに一度、劇場でかかると場末の映画館にも足を運んだ。生きることの困難さと直面したような時、アカショウビンはこの作品を見直すごとに、心身に沸々と力が湧き起こるのを感じる。

最初にこの作品を観た時には、おとよ(二木てるみ)という娘を描く黒澤の演出にアカショウビンは、その頃読みふけっていたドストエフスキーの「虐げられし人々」他の諸作品にも比すべき黒澤の人間を見る視線の深さと透徹さを感得した。それから何度も周期的に、この作品を見直しているが、その度ごとに新たな発見がある。今回は次のシーンに釘付けになった。

六助という、かつては蒔絵師として一家を成した老人が死に、それを知らずに、その娘が療養所に父を頼って訪れる場面がある。根岸明美演ずる娘のモノローグは映画史に残る見事なシーンだろう。

母親が不義をした男と夫婦にさせられた自分の気持ちを三船敏郎演ずる赤ひげに彼女は問わず語りに語る。その迫真の演技と優れた演出は黒澤という映画作家の天才と根岸明美という女優の畢生の演技を伝える名シーンといってよいだろう。優れた演出と、主役を食うような不可欠な脇役の役割を果たした役者が創造する一つの達成点がそこには描出されている。脚本は、死ぬまで何も語らずに死んでいった六助の人生が娘の語りによって明かされるように構成されている。

それから物語は、養生所からかつて住んでいたムジナ長屋に運びこまれ死を迎える山崎 努演ずる佐八の語りへと移る。佐八の妻との出会いと別れが切々と、時に激しく、回想される。

きのとひつじの大地震で佐八は妻のおなか(桑野みゆき)と別れ別れになった。2年後の或る日、祭りの夜に佐八はおなかに偶然再会する。おなかは赤ん坊を背負っている。「太吉と言うんです」「誕生くらいか」「八カ月です」。「幸せにやっているだろうね」。「えぇ」「もう会えないんだろうな」。おなかは哀れに佐八に頭を下げて去っていく。佐八は死の床で、その頃のことを眼前に見るように語る。

回想の中で、おなかは、佐八の住んでいる長屋を探し当て訪ねてくる。おなかは佐八から逃げた理由を話す。

佐八は「お前がつらくなければな」と優しく言う。

おなかは、地震が罰だと思った、区切りをつけろ、と言うお告げなんだと考えた、と話す。

そして、「けりをつける時がきたんだ」、と語り、自分に刃物を向け佐八に、抱いて、と懇願し刃で自分を刺す。

この、おなかの哀れは、女が描けないと酷評もされた黒澤が出した答えであり、佐八との出会いと別れは、黒澤作品の中でも、もっとも美しい映像の一つだとアカショウビンは思う。

先日、私事に変化があり、思うところあってレンタルDVDでこの作品を見直した。そして、ひとつの芸術作品が持つ力の偉大を改めて感得した。

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コメント

レビュー拝見しました。全く同感です。生涯の一本ですよね。とても丁寧なレビューで、見ていてどんどん絵が溢れてきました。凄い映画を残してくれた黒澤監督に感謝です。

投稿: exp#21 | 2005年11月 1日 (火) 午後 03時25分

アカショウビンさん。確かにおっしゃる通り、黒澤映画はエンタ性溢れるため、若い頃の方がいいかもしれないですね。小津作品も僕は好きで、「東京物語」や「彼岸花」で泣いてしまいました。小津さんもやはり、偉大な映画監督だと思います。

投稿: exp#21 | 2005年11月 2日 (水) 午前 11時42分

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