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2005年7月15日 (金)

奇妙な国

ヤスパースの提出した視角を意識しながら、私達は日本人として先の大戦を経験した人たちの発言にも注意を向けなければならない。

「戦争と人間」の著者、五味川純平氏は1943年に招集され1945年8月13日、ソ満国境でソ連軍機械化部隊の砲火にさらされた部隊158人のうち生き残りの4人の一人である。氏は「人間の条件」6巻、「戦争と人間」18巻(三一新書版)で戦後に粘り強く自らの経験を思考し抜いた。次のような回顧は保田與重郎からすれば誇り高い自らの歴史を省みない左翼的な視点ということになるだろうが傾聴に値する。

「我が祖国はまことに奇妙な国である。すがすがしい想いを国民にさせたことがない。国も、同胞の少なからぬ部分も、大小の悪事をごまかすことを最大の急務と心得ているかのようである。悪者のみが栄えて権勢をふるい、少数の正直者、善悪の区別を知って悪に加担しない者は悪者たちの残飯で辛うじて生きているという、情けない、みっともない状態がこの島国全土を蔽っている」。

  これに対照する保田與重郎のウルトラぶりとは、次のようなものである。

 「我が民族の歴史は、皇孫の降臨という一点より拡大されたものであった。この一点が、時空にわたる民族の全構成の中心だったのである。神話と歴史と生活の緊密な重なり合いと結びつきの、中心とも、要とも言うべきところに存在するのが現在の天皇であり、その天皇はつねに皇孫にて、皇位継承の実が、生々発展と永遠性の神話の証となるのである。しかもその三者に於いて、重点となるのは天上の風儀を地上に現す正業の生活である」(述史新論)94頁)

 このような幅の論説空間の間で私達はヤスパースの視角を考慮していかなければならない。それは難渋さとは別に充分な収穫も予感しながら。

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