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2005年7月 9日 (土)

「戦艦大和の最期」・初出テクスト

 

人の死とは何か。また、この世で生きるという事とは何か。それはどう意味づけられるのか。かつてかかわりがあった人の死や生き物の死に遭遇するたびに、それは間欠泉のように吹き上がる思いである。私達は生きている間に幾つもの死や死体を眼前にする。それは人であり、動物であり、鳥類であり、魚類であり、昆虫であり、ゴキブリであり、蚊であり、諸々である。「戦艦大和の最期」の著者である吉田満氏にとっては大和で死んでいった人々の死であり、先輩や戦友の死であり、また親族をはじめ氏が出会った様々な死であろう。

 昨日、書店を覗き保阪正康氏編の -「戦艦大和」と戦後 吉田 満-(ちくま学芸文庫)という書物を発見し購入した。なぜまた昨今、大和がブームなのか私は知らない。まさか右傾化によるものとも思いたくはない。しかし、この国、とあえて私は突き放して書く。この国の戦後史の中で1952年にやっと出版された創元社の初出本「戦艦大和ノ最期」から、この著作が戦争にかかわった軍人と文学好きと幾人かの国民に共感とまた反発を招いた象徴的な作品である事は確かだ。あえて作品と書くが、それは戦闘記であり報告書として最初は書かれた。しかし戦後の米軍の統制下で検閲され原文は出版事情によって何度か改変された。その経緯と後の若い人々によって、この著作がどのように読まれたかは、著者とは十数歳下の学生として左翼運動にも関わったという編者の保阪氏の文章を読めば了解できる。

 この著作は私も学生の頃に読み、その後何度か読み返し、そのたびに触発される文章である。それは戦闘記として興味深く、また私達の親の世代の戦争が、国家が伝える歴史としてでなく偶然のような機会を経て読める歴史の稀有の一幕を伝える記述として貴重というしかない。その戦闘の実態の生々しさと文章の痛烈さは読む者を震撼させる。時代こそ違え同年代の若者の文章とは思えない完成度をもつ文章として私は読んだ。

何年か前に江藤淳氏が、米国でその原文を発見したことを月刊誌で読み確認した。それは出版されたものとは異なる迫力と痛切な美しさを持つ文章だった。結語の「至烈ノ闘魂、至高ノ錬度、天下ニ恥ヂザル最期ナリ」という初出の文を読み得た時、私は吉田さんの思いを根底で聴き得た思いがした。あえて吉田さんと書かせていただく。戦後生まれの私にとって吉田さんは僭越ながら、そのように呼ばせていただきたい存在なのである。私は、この時期になると吉田さんの戦後の文章が読みたくなる。戦後六十年とは、この東アジアの民衆、大衆、市民、人々にとって干支が五周期する節目の年である。この年に出版する出版社の意図はともかく、この初出の文章が文庫になり読める事は評価する。この夏に首相が靖国に参ることにマスコミはピンからキリまで馬鹿騒ぎをするだろう。しかし私にはそれと若干の関係を持ちながら今年の夏も鎮魂の思いで「歴史」と正面する時である。それ以外は黙殺すべき騒音でしかない。私にとっては静かに、人の死、生き物の死、この世に存在することの不思議と関心と興味を持続しながら、いずれ来る死を迎える予行演習とでも言うしかない時である。


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