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2005年6月27日 (月)

保田與重郎の「近代」(補足)

先の文章では説明不足だと苦言が呈されたので補足する。保田が考える「近代」とは「述史新論」(10頁・新学社「保田與重郎文庫32」)で次のように説かれている。これは昭和36年頃に執筆された未発表の遺作で昭和59年秋に新潮社から発刊されている。原本は歴史的仮名遣いで傍点も付いているが今の我々を含め若い人たちにも理解しやすいように現代仮名遣いに変えた。

「近代とは欧州が有色人種地域を植民地として支配した時代である。強力な兵器が、その支配の原理となると共に、西洋のもった欲望と、アジアの生活より生まれる道徳とが、ぜんぜん別個の原理のものだったことにも、その侵略支配を容易ならしめた因があった。19世紀においてアジアの国が、独立をめざすということは、専ら自衛の目的のために西洋の制度を移入することであった。これがアジアに於ける近代化の実相である。アジアの生活を基盤として、その上に西洋の制度を移入し、自衛としての富国強兵の実を挙げるということは、誰にも容易にきづかれる矛盾をふくむものである」。 

偏愛した和泉式部を論じた「和泉式部私抄」で彼は次のように述べている。 

  「精神と肉体とかりに呼ばれるやうなものの統一の原理といへば、ただこともなく身をまかせているばかりである。さうして千五百に余る歌と一箇の小説の中で、女の恋ごころを情事の中でうたつてゐる」 

精神と肉体と「かりに」呼ばれるやうなもの、というあたりに保田與重郎という文人の思想の核が垣間見えるように思う。保田はドイツ・ロマン主義に感化されたが、彼がそれを応用し自分の思考の基礎としたものは王朝文化という、ある意味で、この文章が起草された昭和11年から発刊の昭和17年当時の時代の空気の意表を突いたものだった。カーキ色に染まった国の芸文の中で女々しさをグイと突き出す悪趣味ともとれるもの、とそれは言えるだろうが保田與重郎の真骨頂はそのあたりにあるのだろうと私は思う。

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