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2005年6月23日 (木)

もののあはれ

 或るHPの掲示板で中国人女性の留学生から源氏を勉強しているが「もののあはれ」というのがわからないので教えて、という書き込みがあった。それに答えようとすると、これが難しい。自分の無知・無学にも気づく。ここにあえて、私の回答の一部を恥を忍んで書いておこう。

 「もの」というのは、多分生きている人間を含めて、この世に存在しているすべて、哲学でいえば「存在者」ということだと思います。人間が生きて苦しんだり喜んだり、悲しんだり、また桜の花が咲いたり散ったりするのを見ることは「あはれ」なことですね、というように少し説明を加えて言うこともできると思います。

 難しいのは「あはれ」という言葉です。今の日本語で使う「あはれ」とは少し違います。漢字では「哀れ」、「憐れ」と表記されるのですが「大和(やまと)言葉」(日本の古い言葉を、こう呼びます)の「あはれ」は人生の苦しさや辛さに、深いため息をつくように交わされた言葉と私は理解しています。漢字で書くと「諦観」に近い意味でしょうか。

 国文学の専門家でなくとも基本的なところで見当違いもあるだろうから遠慮なくご指摘いただきたい。しかし、この王朝時代の雰囲気を象徴する、この概念を更に思考することは興味深いのでアカショウビンもさらに考究するつもりであります。

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