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2005年6月18日 (土)

保田與重郎の「近代」

 保田與重郎が戦前にどのような思想背景を持った文人としてものを書いていたかについて「和泉式部私抄」から抜粋する。抜粋部分は「 」で示す。地の文は保田與重郎の言わんとしていることを明確にするため私の文章にした。

 昭和の初年頃の東京では歌を作る若い女たちの集まりで、百人一首の「わすらる身をば思わず誓ひてし人のいのちの惜しくもあるかな」が話題になり、その時に彼女たちは皆、この歌の「人のいのち」が、捨てられた女自身のことを指すと語ったらしい。そこで保田は言う。この「人」は相手の男のことであり捨てられる己はともあれ、己を捨てる人が、その時の誓を破ることによってうける罪の罰をかなしむのである。歌の中へ出る人という言葉を殆ど恋人と解するのは古い歌をよむ上での約束である、と。

 「しかしそれはともかくとして、この人のいのちと云ふ人を、己と解したと云ふ近頃の化は、人間の考へ方のおそろしい化である。さうしてこの人を、己とよまねばならぬと云ふことは少しも美しくない悲しい近代の性格である。このやうな心的状態からはもう歌のやうな歌は生れ出ないのである。しかもこの人が、己であつてはならない。戀人でなければならないと云ふことはさういふ人々に教へる方法がなくなつた。ましてこれを、戀人としてよまなければ、少しも楽しくない、おもしろくない、と云ふことは一層ときあかすことが出来ないのである。このことは和泉式部の歌を味ふ上でも重要なことだと思ふ。この歌の「ひと」と云ふことばを、「戀人」とまねば、この歌が少しもおもしろくないではないか、かういふことが納得できぬ人には、和泉式部の歌のおもしろさも大半通じないと思ふ。」(同書p48)

 私達の父祖が日本国民として先の大戦を戦った「正義」として掲げた西洋の侵略からアジアを守るという主旨は大日本帝国のイデオローグとして抹殺された保田與重郎という文人の中で、彼が思い描く米作りの文化圏としてのアジアという思想の背景にこのような認識を明確に持っていたことは黙視してはならないだろう。

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