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2005年6月15日 (水)

小津安二郎の「秋刀魚の味」

 小津の遺作となった「秋刀魚の味」(1962)で泥酔した恩師の東野英治郎を今では教職を退き生業としているラーメン屋に笠 智衆と中村伸郎の二人の教え子が送り届けるシーンがある。昨夜レンタルビデオでそれを視た。それは何度みても惹き込まれ魅入らせられるシーンだ。東野は行かず後家の娘(杉村春子)と暮らしている。そこへ成長し社会的な地位も得た教え子達が酔っ払いの父親を娘に送り届けるわけだ。見ようによっては陳腐な設定ともいえる。しかしそこに東野と杉村という名優を得て小津は陳腐から多くの観客が探り当てるだろう人生の哀れと虚無というしかないシーンを観客に突きつけるのだ。スクリーンを見た観客の多くがそれを感受し戸惑い反発しあるいは共感しただろう。東野の酔漢ぶりは映画史に残る演技と私は確信するが何度見てもそれは面白くまた感嘆し頭が下がる。同様に小津にも。

  さてまたここで果たして小津は東野という好人物の飄逸が人間の哀れに転じるといった単純な変化を描こうとしているだけなのだろうか?そうだとしても東野はそれに稀有な演技で応えた。それは佐藤忠男氏が言う「残酷味」(「小津安二郎 新発見」(講談社α文庫20021220日第1刷)だが、残酷というより虚無と称すべきものと私には思われるのだ。小津の虚無とでもいうしかない不可解なものがそこにはある、と。そんなものとはおそらく無縁の厚田雄春のキャメラは小津の虚無を東野に転移させたかと見紛う結果をプリントに残してくれた。そのシーンを私は何度見ても笑い愕然とし怖気を震わせられる。

 教師と教え子の対照は非情である。教え子達が招待した酒席で師はしたたか酔いかつての教え子達に問わず語りにこう話すのである。「私は失敗しました。娘をいいように使いすぎました(取意)」。そう語る、かつては教師でまた一人娘の父親・東野の嘆きは「教師からラーメン屋に職を変え生計を立て女房を亡くし娘を嫁に出しそびれた私の人生は失敗でした」とも取れる。この作品をスクリーンで見つめる上映当時の観客にはそれがそれぞれに深く共感されたことだろう。正しく虚無は幸せそうな物語のそここに巧妙に刷り込まれている。斎藤高順(たかのぶ)氏の音楽も小津の呼吸を音にして絶妙というしかない。しかし今の若い人たちがあの作品を見てどれほどの共感を持つだろうか?

 

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コメント

はじめまして。
大変興味深く読ませていただきました。
それにしても東野英治郎さんをはじめ、名優揃いですよね。私はクラス会のシーンでペチャペチャ音を立てて食べてる芝居が好きでした。
TBさせていただきました。
また来ますね。

投稿: ボウケン | 2005年7月23日 (土) 午前 02時55分

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» ゴルフなんかよしちゃえ!よしちゃえ! / 映画『秋刀魚の味』 [ボウケン]
『秋刀魚の味』(1962年・松竹) 監督/小津安二郎 脚本/野田高梧     小津安二郎 撮影/厚田雄春 出演  笠置衆 岩下志麻 佐田啓二 岡田茉莉子 中村伸郎 北竜二 東野英治郎 杉村春子 岸田今日子 ほか * * * * * * * 小津監督作品の中から、お気に入りの1本を選ぶのは難しい。 けれどもよく見てしまうのが、この『秋刀魚の味』。 妻に先立たれた平山(笠智衆さん)の娘・路子(岩下志麻さん)が嫁いで�... [続きを読む]

受信: 2005年7月23日 (土) 午前 02時51分

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今日は昼間は暑さのせいか何もする気がなく ほとんど寝ていました で、夜に気分転換のため街へでかけました まずは友人が働いている店にいって先日撮影したリバーサルフィルムの現像を頼みました ついでに生活用品を何点か購入。カスピ海ヨーグルト作成用の瓶と居間の蛍光灯のマメ球(オレンジのヤツ)を100均でGET! あと電池式の蚊取り機。客が多く、友人はあいかわらず忙しそうです。 その後、TSUTAYA ... [続きを読む]

受信: 2005年7月23日 (土) 午前 04時33分

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