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2005年5月29日 (日)

保田與重郎

 保田與重郎は忘れられた「文人」だろうが、あえて今読む面白さがあると思う。私は時勢に便乗しているわけでなく、日本という国の文学史を考えるうえで保田與重郎は重要と考えるからだ。戦前から戦中、戦後の歴史過程で、この「文人」の作品は右翼的言辞として左翼から徹底的に論難された。同様に同じ扱いを受けた小林秀雄の戦後の評価を見れば実に不遇な評価しかされていないのが保田與重郎という「文人」なのである。しかし戦後の日本の進んだ方向への違和感を根本のところで明確に主張しているスタンスは小林秀雄より刺激的だというのが私の印象なのである。私には思想的な保田與重郎より文人としての日本文学史への造詣が面白く、そこから読み直さなければ保田與重郎の思想は十分に把握できないと考える。小林秀雄の最後の作品となった「本居宣長」の裏にある日本思想の根幹は保田與重郎に光をあてなければ総体的に捉えることは出来ないと私には思われる。

 現在、憲法論議が盛んになっているが、新憲法が制定された時期に保田がさっそく新憲法への疑義を呈して「新憲法の趣旨は、歴史的にいうならば、近代史の進行過程に於いて、その現実性をもたない抽象的観念論の産物というべきであった」。(「述史新論」新学社)と主張している理由は再考すべきだろう。

 その根拠ともいうべき彼の考えの基本は「近代」という概念を全否定するところにある。その態度を闡明して西洋と対立する東洋(アジア)を主張するところは通常の右翼的思考とはいささか異なるところが私には興味深いのである。

 我が国の政治的、思想的現在を考えるうえで世界史的視野で思考しなければならないとすれば、閉鎖的な島国思考では道を誤るわけで「近代」を主導してきた西洋がどのような歴史過程を経てきたかを明確にしておくことは重要だ。とりあえず現在突出しているイスラーム世界はさておく。アフリカ他西洋以外も。西洋と米国、この二地域の歴史と未来を展望することが、我が国の将来を考えるうえで、将来の世界史を展望するためには有効と考えるのだ。戦後ドイツの運命を根底的に思考した例としてヤスパースの姿勢は参考になる。「戦争の罪を問う」(平凡社ライブラリー)は盟友ともいえるハイデッガーとの戦前、戦中、戦後の確執を考慮すると興味深い著書といえる。哲学的思考ではハイデッガーのほうに魅力を感じるけれどもヤスパースの誠実さは、それはそれで好ましいものであり、この二人の哲学者の思考は私にとって実に刺激的であることも付記しておこう。

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