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2005年5月29日 (日)

小津安二郎

小津作品の面白さとは何かと考えてみる。それは、とりあえず「虚無感」とでもいえば、蓮實重彦氏や欧米の小津への関心の中核に潜むものが言い当てられるような気がする。

「国際シンポジウム 小津安二郎」(朝日新聞社 蓮實重彦・山根貞男・吉田喜重 編著 2004年六月二十五日)は御手軽な本だが編者達やパネラー諸氏のナマの声が読めて小津映画を若い頃から見続け小津「作品」について思い巡らし続けてきた者にとっては馬鹿馬鹿しくも面白い本である。

あくまでもナマの声が「読める」と書いておくわけだが、蓮實氏の口吻の興奮さには氏の著書に少しは目を通した者にとっては多くの聴衆を相手に喋るという行為とイベントの企画者が参加者に「スピーチする」行為の滑稽さと嘘臭さとそれを読む者の馬鹿馬鹿しさと気恥ずかしさを経験させてもらった事に怒りと感謝は呈さねばならないと断っておくべきだろう。

それでも、蓮實重彦氏の次の指摘はなるほど、と思わせられる。「映画とは、一人の映画作家の審美感や個人的な趣味の範囲にとどまるものではなく、映画自身の限界によってあらゆる監督をも拘束する制度的な体系だからである」。「監督 小津安二郎」 (1988年版129頁))で氏はこのように書いている。

ここで言う「映画自身の限界」とは何だろうか。

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